エジプトで映画のエキストラのバイト(2回目) スペシャル動画
数日前にもエキストラのバイトがあったが現場へ向かう途中でキャンセルになってしまったので、けっこう諦めかけていた。
それが今日は用事があったのに前日にこの話が来たのでどうしようか迷ったが、こっちを取った。
それは日記のページにその状況を書いている。
この映画のエキストラのバイトは2ヶ月ほど前にもやったので、今回は2回目だった。



これもサッカーと同じように私がなぜかリーダーみたいに扱われるので困ってしまう。
前日の人数集めのときもなぜか私がみんなに説明させられた。
で、最近いる日本人のおじさんが横から突然やるって言ってきたが2分後にはやっぱりたったその金額でこきつかわれるのはきついとか言い出したのだ。この人は相当面白いけど面倒だ。
この前もキックボクサーが気を遣ってシェア飯に参加しませんかと誘ったのに9時にならないと腹が減らないとか、カレーだったのでライスはなしでルーだけ3ポンドでいいですかとか言っていたらしい。
他の日本人もいちいち有名な俳優は来るのかとかどんな映画だとか聞いてくるので面倒なのだ。
とりあえず、今回はスムーズに終了してくれたので助かった。
前回はめちゃめちゃ長引いて15時間ぐらい拘束されてしまったからだ。
このビデオは約2分です。
仕事はほとんど移動でしかもちょっと意味がわからない感じだった。

まずは大きな道路の途中で遊園地があって、始めはそこで撮ると言う事だったので、その前で待っており、しかしやっぱり変更したのか違う場所にまた車を30分以上も走らせて移動した。


到着したとこは大通り沿いの普通の場所で撮影がしっかり行われていたが、そこでも15分ほどで移動をした。
また、到着したとこは高級感があるマンションで、そこのロビーで座って待機していたら、スタッフがサッカーシャツらしい服を持ってきて着替えるよう指示された。






それからまたさっきの撮影現場に戻った。



とりあえす何もしていないが、時刻はすでに正午を回っていたし、昼食を取った。
ちょうど裏手が喫茶店兼 屋台だったのだ。もちろん宿の従業員
アフマッドのおごりだ。といってもシャイ(紅茶)とターメイヤサンドウィッチ2個だけだったが。


つまり要領がとても悪かっただけなのだった。


で、待機が続いた。
エキストラの外国人は好きなように時間を過ごしている。
世間話に周辺の散歩、バックギャモンをしていた。私はサファリの女性と早稲田の学生と多く話をしたのでかなり面白かったが話しつかれてしまった。

私は関西風に話すので早稲田の学生を参らせた。
彼が言うにはあんまりこういう人と出会ってないので対応できないと言うことだった。それは私には褒め言葉なので勝ったと思った。何に?
サファリの女性ともバックパッカーの基本である旅についてや計画を話したがやっぱり面白いのは恋バナだった。
この人とカメラさんは中国語も少し話せるので中国人のおばさんと頑張って話していた。このおばさんは英語がほとんどできないので困ってしまう。
後日談だが、なぜか私が彼女にデジカメで撮った写真を現像してあげなければならず、なかなか大変だった。
というのも私は毎日起きるのが遅いので宿の従業員アフメッドに現像した写真を渡して頼んでいたら彼も出勤は夜なので昼12時に約束していた彼女には、渡せなかったのだ。ていうかそれだったら承諾しないで欲しい。
私は安心して寝ているのにおばさんが部屋まで来て今日はないのかと聞いてくるのだ。私は面倒なのでメトロさんに頼んで明日くるように言ってもらった。もうアフメッドもどうしようもない。




ようやく出番がきた。
私たちはサッカーのサポーター役で車に「箱乗り」(数年ぶりに聞いたこの言葉、一応私も日本で箱乗りしてみた事はある)して、旗を振ったり太鼓を叩いて何やら応援するのだ。30分ほどだったがやっぱり仕事は大変だと実感した。

一番張り切っていたのはカメラさんで嬉しそうだった。それが評価されたのか彼は使用したサッカーシャツをもらうことに成功した。



帰りは私は体力の限界で呆然としていた。というのは本当に話しつかれたのだ。それでもサファリの彼女とカメラさんはずっと帰りの車の中でも話し続けていたのには降参した。


今回も美女が多く会話はできなかったが写真を撮った事が一番良かった。
密かに早稲田君の話が面白かったのでそれも良かった。
気になるギャラは前回と同じ100ポンドは約2000円だった。
これで3日間はカイロで過ごせる。
2008年3月31日 エジプトはカイロの安宿で執筆