愛し愛された日々は消えるのか 2008年6月29日(日) マケドニア3 GOSTIVAR(ゴスティバール)1 キャンプ 海外旅行をしながら収入ほしい<アフィリエイトで世界一周>
  

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愛し愛された日々は消えるのか 2008年6月29日(日) マケドニア3 GOSTIVAR(ゴスティバール)1 キャンプ

何年経っても何十年経っても、歴史上ではほんとに小さな出来事だったが二人の間では絶対に消える事のない日々。
それは心の奥の更に奥底に仕舞い込んでいる。
新しい、素晴らしい日々を作るために。。。























60マケドニアディナールは1ユーロ。
8時起床。
今日はインドの青年がキャンプに仲間と行くのでそれに合わせて出なければいけない。
しかし連日の睡眠不足と移動と観光でけっこう辛いがしょうがない。

彼は昨晩一緒に飲んだ仲間と行ってしまった。

1日だけだったが本当にありがとう!


取り残された二人。
私はその辺で睡眠の続きをする予定だったが、彼が教会と滝を見に行くと言うので付いていった。
今日は日曜日なので閑散としている。
教会では興味深いものが見れた。
日曜なのでしていたのだ。私も参加したら快く受け入れてくれた。

滝はいまいちだったがとにかく荷物が重い。







しかも彼とはいまいち馬が合わなかったのでなんとなくぎこちない。
彼は物静かでインテリなのだろう。
28歳の青年だがなんとなく彼の事は良く思っていなかったのだ。

というのはあれだけインドの青年にこれだけ良くしてもらっても一切自分からは支払おうとはしない。
すべて彼が食費も飲み代もその他全部負担していたのだ。
私は細かい事をいうがアイス代6人分と飲み代3人分計370D約6ユーロを自らインド人青年がいいと言うのを無理やり出したのだ。
無料で宿泊させてもらって、料理も作ってもらい、観光案内もしてもらっているのだ。
まぁお金の事はもちろん私とインド人がたくさん持っているからわかるが、それでもタクシーに乗った時に40D(0,8ユーロ)とかなら出せるだろうと思う。
後で彼に聞いた話ではマケドニアの日給は8時間働いたとしてたら6から8ユーロなのだ。だからもちろんわかる。
しかし彼はしっかりとした職業を持っており、結婚もしていないし、実家に住んでいる。まぁ何か事情があるかもしれないが。

そして、彼が宿泊させてもらっているばっかりなのも納得がいなかない。
10回以上も利用しているのに、ホストにはなっていないのだ。これも事情があるかもしれないが。
マケドニアはホストが少ない。
私は今は旅行者だが定住したら必ずやるつもりだ。


スコピヒャ行きのバスまで時間が3時間もある。
彼の提案でヒッチハイクで戻ることになった。



なんとか捕まえたが途中まででしかも100D取られた。
どうやら日曜日を狙って個人で商売をしているようなのだ。
でも、降りてから言うのは勘弁して欲しい。彼も知っていたかどうかはわからないが。

で、そこからまた捕まえて中継の町、クラノボに戻ってパン屋で軽く昼食を取った。
なんかの祭りを見たので写真を撮ってみた。





そこからは普通のバス100Dでスコプヒャまで帰った。

そこからどうしようかは決めていなかった。
とりあえず時刻は昼の3時でまだいける。
7月の1日に隣国のアルバニアでアポがあるので西に向いたい。

GOSTIVAR(ゴスティバール)に決めた。理由はない。いい感じの距離だからだ。
この理由なしというのが理解されにくいので困るのだ。なんで一人で旅をしているのか?なんで何もないこの町にきたのか?なんで?なんで?

列車のチケットは学割が効いて75Dほどで買えた。
列車は空いており前の座席に5人ほどの家族がいた。どうやら東洋人が珍しいようで声をかけてくれた。
その娘がまた美しい。が、列車の中ではけっこう眠った。寝れる場所でできるだけ眠らなければ体力が持たない。


2時間ほどで到着。
町は田舎の町といった感じで山もあって静かだ。
しかしここからどうするかがポイントなのだ。今日はテントでキャンプするつもりだったのだ。

とりあえず山の方へ向った。住宅街になっており、平和な雰囲気。珍しそうにみんな見てくるがそれでもバングラほどではない。













麻雀に似たゲームのようで興味深い。
バックギャモンもけっこうこのあたりでも流行っている。


















もうここからが書くのも疲れそうだし、めちゃくちゃだったので大変だった。
                                          
まずは子供3人と仲良くなってしまい、私はあの山で今晩はテントで宿泊するというと一緒に来てくれると言う。
これは助かる。しかし道行く人みんなに「こいつは日本人で今からテントでキャンプする」という事を言いまくるのだ。
もちろんなんでこんなとこに来て何をしているという風になる。外国人はほとんどこないし、来たとすれば線路の反対側の中心地に行くからだ。

ここで面白かったのがなんと彼らはイスラムというのだ。しかもアルバニア人だと言うし!
なんて事だ、私はやっぱりイスラムと何かしらの縁があるのかもしれない。
そういわれてみれば町中にある塔の先端は三日月になっている。つまりモスクだ。
夕方になるとアザーンまで鳴り響いた。

サラームアレイコム!
ワァレイコムサラーム!

しかし彼らはそれ以外のアラビア語は話せなかった。

また、テントの事を「ピラミッド」というのだ。
それでみんな理解している、なんてことだ。さすがエジプトの影響力は大きい。
で、これらはオスマントルコとアレキサンダー大王の影響と思う。

結局、高台の「墓地の隣」にテントを設営した。
今でもわからないがなんでここにしたのだろう。墓地と言ってもしっかりした施設ではなく、テキトウに作っていくつかあるだけの場所なのでよけいにきつい。
彼らがカネを要求しているかと始めは思ったがそうではないようだ。日本人なのにわざわざこんな場所にテントで宿泊するので貧乏だと思ったのだろう。
なんていいやつなんだ!エジプト人とは大違いだ。帰りに雑貨屋でおやつを買ってくれたが丁重に断った。なんせ私はタダのケチだからだ。

しかしこの辺りの人は裕福そうに見える。家も立派な一軒家が多い。バイクもほとんど中国製だが乗り回している。車もプジョーとかベンツとか普通に乗っている。逆に日本車が少ないのが気がかりだ。しかしどういう事だ。
まぁ良い、とりあえず子供が大勢着いて来たが途中でいなくなった。私は線路の向こう側の街の中心を観光しにいったのだ。


街は中心地でもこじんまりとしているが便利で人は気さくで良い。
ATMもあるしホテルも2,3あった。スーパーマーケットがあったので入ってみた。
モスクもあるし教会もある。広場があってその辺りで子供に付きまとわれた。
まぁ軽く流しており、パソコンを開いたが無線は入らないのですぐに終わった。


30Mぐらい先にめんどうくさそうな若者がいた。さっきの子供たちは嬉しそうにまた私の事を報告したのだ!

じゃーやっぱり彼らはこっちに来てなんやかんや話す事になった。
いい人たちで助かった。
一人の若者は「愛」と漢字で書かれたネックレスをしていたのでつっこんでおいたら喜んでいた。

しかも彼らはジプシーだと言うのだ!!
なんなんだ、マケドニアにはそんなに多くのジプシーが来ているのか。それともこんなものなのか。住みやすいのか。不明。
顔つきも独特で面白い。
一人の若者は19歳までドイツにいたがいろいろあってここに来たという。後でわかった事だがこの町はドイツとなんか関係があるようだ。
で、私がテントに泊まっているというと家に来いと言ってくれた。
彼らは旅の辛さを知っているのかもしれない。
で、この国の文句を言う。なぜ多くの人が好きではないのだろうか。彼は美人は多いがどうせカネがと言った。この前は15ユーロでとか、スコピヒャではちょっとあれの女に5ユーロでとかも言っていた。

彼らと別れて帰りにビールを飲んでハンバーガーを50Dで食った。

夜は本当に憂鬱だ。本来は大好きな夜のはずが野営の時はきつい。しかも今日は墓地のすぐ隣で寝なければいけないのだ。
で、道に迷った。けっこうきつい、疲れている。住宅街だがなんか不安だが人も車も時々通る。
川まで出た。一度通った橋ではないのがあった。ちょっと川沿いに進んでみるとキラっと光る。
それがいくつか連続している。
蛍だ!

まぁそれはきれいで良かったがなんせ道に迷ったあげく墓地まで自ら進んでいかなければならないのは憂鬱だ。
それに大きな野良犬が多すぎる。彼らは夜になると活発になる。
蛍は何かの前兆かもしれないと勝手に不安になったりした。










で、戻って見慣れた道に出た。

途中のカフェで人が集まっている。今日は欧州選手権なのでテレビを各家庭で見ているようでここのカフェでも人が多い。

そこからが大変だった。

そこでエスプレッソをご馳走になってしまい。(奢ってもらっときながらだが何度もコーヒーって言ったのに。マケドニアはみんなエスプレッソを飲む。理由は不明。しかも缶コーヒーもギリシャ同様に高い。といっても120円ぐらいか。)

ボスらしき人がいて腰にあれを携帯しており私が犬がきついと愚痴るとじゃーこれでやってやるよと笑いながら言う。そういえば昼間も子供があれを持っているかという質問をしてきた。

とりあえず私は彼らに墓の隣でキャンプすると言う事で大騒ぎになって、ていうか毎日暇なのかもしれない。

すでに時刻は23時。
とりあえずカフェの前の建設中の建物でテントを設営しても良いという事にしてくれて、みんなで墓地まで車やバイクで取りに行って、そこから中心まで行ってバーで飲んだ。

そこは奢らされたがそれでも5ユーロだった。私の父は何しているのかという質問でビジネスマンと言ったのがまずかったのかもしれない。

車は音楽をガンガンかけて街を徘徊するのだ。まぁ若者はどこの国でもこんなものかもしれない。

まぁそれでカフェに戻ってそこからもなかなか返してくれずついに深夜2時。
頼むから眠らしてくれと懇願して終了した。

この辺りで私を知っている人数は100人以上になったと思う。まぁみんな良い人ばかりだったので安心して眠れるはずだ。
しかし英語が通じなかったのがきつかったがそれでもとても楽しかった。



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2008年07月17日 編集












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